UVSOR 繁政G

 主な実験装置

我々のグループでは、シンクロトロン光や短波長自由電子レーザーを使った実験研究を進める上で独自の装置の開発を進めています。これまで多くの実験装置や測定手法を開発してきましたが、近年、我々が主に用いている実験装置は以下の通りです。

  1. 1. 高分解能静電半球型電子分光器
  2. 2. ダブルトロイダル型電子分析器・イオン運動量分析器
  3. 3. クラスター源
  4. 4. 平面結像型斜入射分光器

 1. 高分解能半球型電子分光器

気体試料を観測対象とした高分解能電子エネルギー分析装置です。試料ガスは、真空容器内に設置された補償電極付きガスセルに導入されます。単色化された光と、ガスセル内の気体試料との相互作用によって放出される光電子や、内殻正孔状態の緩和過程で放出されるオージェ電子の運動エネルギーを、MB Scientific社製 A-1半球型静電式電子分光器によって計測します。このA-1分光器は、1meV以下の最高到達分解能を有しており、実際の測定に於いても、ガスセルの補償電極の電圧を最適化することにより、5meV以下の高分解能で計測することが可能です。また本装置は、真空を保ったまま、A-1分光器を光軸周りに回転することができる機構を有しており、電子放出方向の偏光依存性を調べることも可能です。

我々の研究グループが優先的に利用可能なビームライン UVSOR BL6Uに設置された分光器と、A-1分光器を同期させることによって、電子スペクトルを光子エネルギーの関数として計測することができます。これにより、電子の運動エネルギーを光子エネルギーの関数として表示させる、二次元電子マップを作ることができます。この方法により、内殻励起分子に特有な超高速解離過程や、内殻電離しきい値近傍で起こる光電子再捕獲などの現象を詳細に研究しています。


(測定例)

図8は、Cl 2pイオン化しきい値近傍におけるHCl分子から放出されるオージェ電子の二次元マップです。本測定では、光子エネルギー196eVから208eVまでの間を、少しずつ光子エネルギーを変えながら電子スペクトルを計測し、横軸を電子の運動エネルギー、縦軸を光子エネルギーとしてプロットしたものです。右上に斜めに走る直線は、光子エネルギーの増加に比例して運動エネルギーが増加しています。つまり、これらは価電子からの光電子に対応します。光電子の運動エネルギーは、光子エネルギーから電子の束縛エネルギーを引いたものに相当するからです。一方光子エネルギー204eV以上の領域で、運動エネルギー170eVあたりに縦長の構造が見られますが、これはCl 2p内殻空孔状態から放出されたオージェ電子に相当します。オージェ電子の運動エネルギーは、主に内殻正孔状態と価電子二正孔状態のエネルギー準位差に由来するため、光子エネルギーにあまり依存しません。同様に光子エネルギーに依存しない細い縦長の構造が、光子エネルギー198~202eV、電子の運動エネルギー165~185eVの領域に複数観測されていますが、これは、オージェ電子が分子解離後に放出される超高速解離現象に由来します。解離した2p内殻正孔状態のCl原子から放出されるオージェ電子は、明瞭な離散準位で構成される原子の電子遷移であるため、振動や回転といった内部自由度のある分子のオージェ遷移に比べて幅の狭いピークとして観測されるのです。



MBS A-1 electron analyzer

図7. 高分解能半球型電子分光器の外観.

2D-PES of HCl molecules

図8.二次元電子マップ.横軸および縦軸はそれぞれ電子の運動エネルギーおよび照射光のエネルギー.

 2. ダブルトロイダル型電子分析器・イオン運動量分析器

内殻励起分子は、主にオージェ電子を放出して電子緩和を起こし、準安定な二価分子イオンを形成したり、イオン性解離を起こします。このような過程の道筋、つまり、オージェ終状態とイオンの安定性や解離性との相関を直接観測するために開発されたのが、図9に示したオージェ電子・イオン同期計測装置です。単色化された放射光は、ダブルトロイダル電子分析器の中心に設置されたノズルから噴出させた試料気体と交差します。イオン化領域で生じた電子は、ダブルトロイダル型電子分析器によってエネルギー選別され、位置・時間敏感型検出器(PSD:Position Sensitive Detector)によって検出されます。電子の検出信号により、イオン化領域にパルス電圧を印加して、イオンをイオン運動量分析器に導きます。イオンもPSDで検出することにより、運動量の情報を得ることができます。電子とイオンの2つのPSDの信号は、1つのTime-to-Digital Converter(TDC)によってイベントごとにPCに保存されます。取得データーを解析することにより、電子の運動エネルギーとイオンの質量・放出運動量の相関を明らかにします。


(測定例)

図10は、内殻励起したO2分子からのオージェ電子および解離イオンを同時計測した結果です。横軸はオージェ電子の運動エネルギーで、縦軸は解離イオンの放出運動エネルギーです。オージェ電子とイオンの運動エネルギーには強い相関が見られます。これらは、解離ダイナミクスの情報を反映しているので、どのようなオージェ終状態が生じた時に、それがどの解離極限に相関しているのかについて調べることができます。



DTA with ion momentum spectrometer

図9. ダブルトロイダル型電子分析器・イオン運動量分析器の外観.

2D-KE map for core excitations of O2 molecules

図10. 内殻励起したO2分子のオージェ電子・イオン同期計測例.横軸および縦軸は、それぞれオージェ電子およびイオンの運動エネルギーを表す.

 3. クラスター源チャンバー

原子や分子が弱い力で集まったクラスターは、孤立系である原子分子と液体や固体といった凝集系の中間的な性質を有しています。従って、クラスターのサイズや構造、またそれらの性質を分光学の手法により正しく理解することは、学問的に非常に興味深いと考えられます。図11は、クラスターを発生させる装置の外観です。気体試料を噴出するノズルは、100K程度まで冷却することができます。10気圧までの高圧ガスをこの冷却されたノズルから真空中に噴出することで、クラスタービームを形成します。クラスタービームは、スキマーと呼ばれる部品によって切り出され、各種分析チャンバーに供給することができます。本装置では、2200L/sの大排気のターボ分子ポンプを用いることで、高強度の分子クラスターを生成することできます。液体窒素によるノズル冷却機構を、冷凍機に置き換えることで、より低温まで安定して冷却できるようにする予定です。



cluster source

図11. 放射光実験用クラスター源の外観.

 4. 平面結像型斜入射分光器

高い励起状態にある原子や分子の蛍光による脱励起過程を観測するための分光器です。日立が開発した不等刻線凹面回折格子を用いて、真空紫外光から軟X線までの波長領域のスペクトルを計測することができます。この斜入射分光器は、結像面がほぼ平面であることが特徴であり、CCDのような二次元検出器を利用することで、広いスペクトル範囲を、分解能を落とさずに一度に計測することが可能です。この分光器は、極紫外自由電子レーザー光を用いた短波長領域の発光分光実験に主に用いられています。通常は、CCD検出器によりスペクトルを測定しますが、X線ストリークカメラを組み合わせることが可能な構造となっており、その場合には、波長と時間の同時分解測定が可能となります。この装置を短波長自由電子レーザー施設、SACLAに持ち込んで、これまで観測例の無い、真空紫外から軟X線領域における超蛍光を目指した実験研究を進めています。



(測定例)

図13に、極紫外自由電子レーザー光を照射されたアルゴンクラスターからの蛍光スペクトルを示します。この蛍光スペクトルは、図12と同様の平面結像型斜入射分光器を用いて測定されたものです。複数のピーク構造が観測されていますが、特筆すべきことは、入射波長51nmよりも短波長の蛍光が、約20nmまで、かなりの強度で観測されていることです。蛍光スペクトルを解析したところ、短波長域の蛍光ピークは、アルゴンクラスターがナノプラズマ化したことによるアルゴン原子多価イオン化(最大価数はAr6+に相当)に起因していることが分かりました。このことは、入射された51nmの自由電子レーザー光が、アルコンクラスターの多光子過程を経て短波長化されたとも捉えることができます。



Fluorescence spectrometer

図12. 平面結像型斜入射分光器の外観.

Fluorescence spectrum of Ar clusters

図13. 極紫外自由電子レーザー(波長51nm、光強度3x10^13W/cm2)照射されたアルゴンクラスターの蛍光スペクトル.